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断酒2年達成!

3月12日を持って、断酒2周年となりました。なかなか続きが進まなくて、もうしわけありません。
断酒は続いていますが、なかなかこの不況の中、自営業は厳しく、酒でメチャクチャだった頃の事を書くのは、その時の事を思い出す作業なので、ちょっと辛いのです。心に余裕が出来たらまた書けるかな…。今は「断酒」で精一杯と言う感じで…

# by tamagawawataru | 2010-03-24 19:58

「生活保護」

昼間はみんな私服なので、「これがアル中?」って感じの人が大半だ。明らかに「イッっちゃってる」人なんて、ごくごく一部。ある日、デイルーム(食堂)に座ってぼんやりテレビを見ていると、暇そうなおっさんが隣に座って来た。おじいさん、と言ってもいい年である。

「にいちゃん、元気そうじゃねぇか?あんた、「セイホ」か?」
「(セイホ?…何?生命保険?)」

俺が戸惑ってると、

「生活保護だよ、生活保護」

「いや、国民健康保険です」

と答えると、

「なんだ、にぃちゃん、金持ちだな」

と来た。

「ここの8割は生活保護だよ。ナーススティーションの名簿にさ、黄色のシール貼ってあるヤツがそうだ。生活保護だとさ、入院費とか全部タダなんだよ。にいちゃんだと、月20万近くかかるだろ?でもよ。生活保護だったらタダ。でも、何か問題起こして(ケンカ、飲酒など)強制退院になったら、生活保護も同時に切られちゃうワケよ。だからみんな、酒は飲めなくてイライラしてるけど、気に喰わねぇ事があっても文句も言えねぇから、余計イライラしてるってワケよ。」

いつもきちんとした服装で、食事の席が俺のとなりの藤沢が待合室で携帯で電話していた。

「あの、生活保護を受けている藤沢と申しますが…」

えっ、こいつも生活保護なの?たぶんまだ30代だ。まったくアル中には見えない。

夕食後、薬をもらいにナースステーションに行った時に、壁に貼ってある小さな名簿を見たら、やはり大半の人に黄色のマークが付いていた。

俺は、この中では富裕層のようだ。しかし、家賃と駐車場代で20万以上払っている上に、入院費が月17万。自営業なので、その間収入ゼロ。

「もうどうにでもなれ。酒をやめて、あとは天に任せろだ」

こんなところにまで身を落とした自分を嘆く気力も失せ、俺は病室に戻った。

しばらく天井を眺め、深呼吸を繰り返し、今の自分の状況を受け入れるべく、心を決めた。

# by tamagawawataru | 2009-12-22 14:31

お待たせしてスミマセン。

皆さん、コメントありがとうございます。

年末になり、クリスマスが近づくと、さすがに全てを失った独り身には辛く、原稿を書くパワーが湧きません…。「飲んだら楽になる…」こんな気持ちがよぎらないと言ったら嘘になります。でも、絶対飲まない。どん底から這い上がってまだ2年経ってないんだ。今は金銭的にも苦しい。でもなんとか頑張る!続き、今しばらくお待ち下さい。やっぱり、こういう内容はある程度気持ちに余裕が無いと書けません。
今はちょっと辛いっす…。でも、あの最悪の時の辛さに比べたらまだましだ。断酒中の皆さん、とにかく断酒を続けましょう。なんとか年内にもう1、2本書きたいと思ってます。

# by tamagawawataru | 2009-12-17 11:24

踏みつけていた「花」

後で知ったんだが、「久里浜、赤城、松沢、長谷川、井之頭」これらはすべて、アルコール病棟のある病院だ。それぞれの正式名称は省略する。

俺の入った井之頭病院のシステムは3ヶ月。第一期治療が最初の2週間。午前中一杯かけて、大量の点滴を打ち、体からアルコールを洗い流す。点滴は2リットルほどだったろうか?あとは、たまにアルコール依存症がいかに恐ろしいか、みたいなビデオを見るほかは、ひたすら横になっている。そもそもみんなぼろぼろになって運ばれて来ているため、寝てるしかない。第一期治療が終わった段階で、家族とケースワーカーとドクターの面談があり、第二期治療に進むかどうか決める。第二期は、毎朝のウォーキング、地元の「断酒会」への参加、陶芸をやったり、ゲームみたいなことをやったりと、けっこう忙しい。

ここのアルコール病棟では、なぜか日中はパジャマでいることは許されないので、
「この人が、入院患者なの!?」みたいな人も結構いる。男ばかり、50名弱。ちなみに、女子のアルコール病棟というのはほとんどないそうだ。

最初の3日はひたすら寝続けた。病棟の外へ出ようかな、と思ったのは4日目である。朝起きたら「あれ、少し調子いいぞ」と思って、朝6時頃、中庭に出た。まだふらついているものの、酒がすっかり抜けて気分はいい。中庭を散歩していると、小さな小さな青い花がたくさん咲いていた。植物なんて全く興味がなかったのに、気が付いたら、花を踏まないようによけて歩いている。

後日、この話を唄うたいの友達に話したら、こんな事を言われた。

「渡、その花は陽子さん(仮名、当時の妻)だったんだよ。渡は陽子さんを踏んでたんだよ。だから今、踏まないようにって、思ってるんだよ」

ハッとした。無意識の領域で、何かが変わりつつあるようだ。入院してからすっかり弱気になり、久しぶりに見た外の景色。すべてが愛おしい。

この唄うたいもアルコール依存症で病院行きとなり、もう7年断酒を続けている。メジャーデビューしたことは無いが、作詞家としてビッグアーティストに詩を提供した事もある、カオルと言う男だ。酒を断ち、ライブハウスで歌い、自主制作のCDを手売りして生計を立てている。俺は「アルコール依存症の先輩」であるカオルにずいぶんアドバイスしてもらい、助けてもらった。

4日目。少し気分がよくなったので、みんな昼間だらだらと過ごす「デイルーム」でテレビを見たりする余裕が出て来た。

吉岡とずいぶん話すようになっていた。二度目の入院である事。カウンターだけの居酒屋をやっていて、仕込みのときから飲み始め、気がついたら連続飲酒になって動けなくなっていたこと、等々。

料理が得意だと言う吉岡は、「調味料セット」を持ち込み、味の薄い病院食にふりかけをかけたり、いろいろと工夫していた。見てみると、「ベテラン」の方々は、みんな自分の「調味料セット」を持っており、いろいろと工夫して食べていた。確かに病院食は味が薄くておいしくはなかったが、これを機にダイエットしようと思った俺は、毎回プレーンまま病院食を頂いた。決しておいしくはなかったが、確かに体には良さそうなメニューばかりで、それはそれでよかった。

決して量が多くはない病院食だが、間食出来たのはやっと5日目。

食堂(デイルーム)には、座るところに名前が書かれている。全席指定だ。最初の4日は、3食、誰とも口を利かずに食べた。誰も話しかけて来なかったしね。

5日目の夕食、初めて間食した時、向かいの席のじいさんが話しかけて来た。
「ニイちゃん、どこも悪そうに見えねえのにな。メシも良く喰うしよ。」

佐々木というこのじいさんは、20年断酒したが、一口飲んだ日から酒が止まらなくなり、それから数年かけて、経営していた居酒屋3軒と持ち家を失い、子供達にも見捨てられ、ここを出たらもはや行くところは無いのだそうだ。

よく喰ったのは今の食事が初めてだぞ!と言いたかったが、

「こう見えても、ガンマが250くらいあって…」

とか言うと、みんな一斉にガンマーGTP自慢である。

「そんなのたいしたことねぇよ、俺、今600くらいかな」
「俺なんか入った時、1200あったからな。…もう肝硬変だけどよ」

「数字が高いヤツが偉い」みたいな訳の分からない世界だが、まぁ、ちょっとだけ打ち解けた。

少しずつみんなと話すようになると、これがまた大変な猛者の集まりであった。

今思うと、

「こっち側」

へ帰って来れてよかった。

病院で知り合い、連絡先を交換した仲間は見事に全員、今も

「あっち側」

へいる。

# by tamagawawataru | 2009-11-07 19:48

「最初の友達」

俺が入った部屋は、6人部屋だった。俺が入ったときは、先住者が3人。俺は挨拶もそこそこに倒れ込んだから、2時間程かかる点滴のあと、ベッドに横になってる「先輩方」に
挨拶した。

「今日からお世話になります、多摩川です。よろしくお願いします」

「…よろしく」

声が返って来たのは二人。後の一人はカーテンを閉め切ったままだ。この柿沼は、俺が入院してる2週間の間、一度も口をきかなかった。まだ30台半ばと思われるが、その後、朝「おはよう」と声をかけても、一度も返事が返って来たことは無かった。

一番フレンドリーなのは、吉岡だった。長い髪を後ろで縛っている。勤め人ではないだろう。アル中特有の赤ら顔に、うつろな目。表情が無い。表情が無いながらも、ヤツは親切だった。

「オレ、二度目だからさ…いろいろ知ってるから。」

と、一通り長々とここでのルールを説明してくれた。結構おせっかいタイプかもしれない。年齢不詳。50近くに見えたが、後で39才と知って愕然とする。

もう一人のオッサンは、片桐。実に居酒屋が似合いそうな、いい感じのオッサンだ。70代。すでに肝硬変とのこと。

「あれさ、酒ってのはさ、安いってのがよくないね。しかも、どこでも売ってんじゃん。
だからよくねぇんだよ。ほら、シャブなんてさ、高いじゃん!なかなか売ってねぇしよ」

「…」

そんなこと言われても、と言う感じなのだが…。

この後、ぞくぞくと強者が入って来ることになるのだが、とにかく俺は、

「これで助かった」

との思いで、ホッとしていた。その日、最初の夕食。なんとか半分食べることができた。

処方された精神安定剤と睡眠薬をナースステーションでもらうと(ナースの目の前で封を切り、その場で服用しなければならない)、俺は泥のように眠った。

# by tamagawawataru | 2009-11-03 16:39

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